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働く人の未来を照らす「介助犬」

 障がい者の社会参加をそっと後押し

2023年07月21日

社会・生活

研究員
小川 裕幾

 障がい者の社会参加をサポートする「介助犬」をご存知だろうか。介助犬は落ちた物を拾ったり、衣服の着脱を手伝ったりすることで、障がい者の仕事や私生活の負担を減らすのだが、日本では飲食店などで入店を拒否されたり、苦情を言われたりする。

 2002年5月に「身体障害者補助犬法」が成立。補助犬の利用を通じた障がい者の社会参加を法的に後押ししている。しかし、介助犬は頭数が少なく、認知度も低い。介助犬が身につけるべき動作はユーザーが抱える障がいによって異なり育成に時間がかかるが、知名度が低いため寄付などが集まりにくく育成資金は不足気味。訓練士が不足して育成が追い付いておらず、介助犬を伴って正規雇用の仕事についている障がい者は極めて少ないのが現実だ。

 今回、日本では珍しい介助犬ユーザーでリコージャパンに勤務する西澤陽一郎さんに、介助犬との出会いや、介助犬が障がい者の社会参加に果たす役割などについて聞いた。

写真西澤さんと介助犬のラッキー君【2020年2月、リコージャパン本社=西澤氏提供】

日常の動作を助ける

 ―介助犬は何をしてくれるのか

 介助犬は盲導犬や聴導犬と並ぶ「補助犬」の一種です。主に手や足などに障がいのある人の動作をサポートします。具体的には落とした物を拾う、着替えやベッドでの起き上がりを補助、パーキングチケットを受け渡しする、といった日常の動作全般を助けてくれます。移動の際もドアを開閉したり、段差やスロープで車いすを引っ張ったりします。また、日常動作の補助にとどまりません。ユーザーを精神面からも支えています。一緒に生活することで社会に参加する勇気がもらえるのです。

図表補助犬の種類、頭数、役割(2023年4月現在)(出所)厚生労働省「身体障害者補助犬実働頭数」を基に作成

写真「ほじょ犬 ロゴマーク」(出所)厚生労働省

事故で外出もおっくうに

 ―介助が必要になった経緯は

 私は高校卒業後、福祉機器を扱う企業で営業職として働いていました。ところが、社会人2年目に事故にあい、車いすの生活になりました。入院当初は、衣服の着脱や入浴など日常生活のいたるところで不便が生じて大変でした。病院のリハビリを経て、退院後、会社に復帰し、事務職として再スタートを切りました。

 ただ、日常の動作にはさまざまなサポートが必要なこともあり、それまでしていた一人暮らしをやめ、実家に戻りました。

 今思うと、気持ちがふさぎがちになっていました。以前はアウトドア派で、休日には写真を撮ったり、キャンプへ行ったりしていました。海外旅行も好きでした。そんな私が、外に出るのもおっくうになり、友人と出かけても、車いすの動線を考えてもらうなど気を使わせることが多く、気が付くと「ごめんね、ごめんね」が口癖になっていました。正直言って、毎日が全然楽しくなかった。自分のことを分かってもらえていないような気がして、さびしくなり、どのように生きていけばよいのか、分からなくなっていました。

「あ!介助犬だ」

 ―どのように介助犬と出会ったのか

 そんな生活を送り始めて3~4年が経った頃です。仕事で福祉関連の展示会に行きました。会場を見渡していると、少し離れたところに車いすの人がいました。その横に、かわいい犬がいるのが目に入ったのです。私は思わず叫びました。「あ!介助犬だ」。介助犬の存在を耳にしたことはあったものの、実際に目にするのは初めてでした。

 その時の光景は、今でも忘れられません。介助犬がユーザーにぴったり寄り添い、さっそうと会場を歩いていました。介助犬も人も楽しそうで、格好いい。「僕もあの人のようになりたい。人生を楽しみたい」。そんな気持ちが心の底からこみ上げてきました。

 その瞬間、私は猛然と彼らを追いかけ、気が付いたら声をかけていた。自己紹介もしないで、いきなり「すみません!私も介助犬を持てますか」って(笑)。すると、そのユーザーはすぐに、こう答えてくれました。「持てますよ」。大きな喜びと、今まで胸にしまい込んでいた「自立したい」という思いが爆発し、今がチャンスだと思いました。

自立、社会参加を助ける

 思い立ったが吉日。会場でお会いしたユーザーに手続きや介助犬施設のことなどを一生懸命に教わりました。1カ月後には施設の見学会に出かけ、スタッフにいろいろと相談しました。「介助犬となら一人暮らしができますか」と聞くと、スタッフは笑顔で「できますよ。介助犬は、障がい者の自立や社会参加を助けてくれるためにいるからね」と答えてくれました。

 けがをしてから私は「他人に甘えてばかりいるのではないか」と自問自答していました。もちろん家族には毎日助けられて感謝していました。でも心のどかで、葛藤を抱えていたのです。さっそく翌日には不動産屋に出かけ、一人暮らし用の部屋を探しました。そして翌週には契約をしていました(笑)。それほどうれしかったのです。

 ―すごい行動力。周囲の反対はなかったのか

 母に「犬に何ができるの?すごく心配」と大反対されました。無理もありません。しかし、私は一人暮らしをすると強く心に決めていました。家族を説得し、半ば強引に話をまとめました。一人暮らしを始め、介助犬が週に1度、トレーニングに来るようになりました。

社内に否定的な声

 ―当時の勤め先の反応は

 そこが一番大変でした。一人暮らしを始めた。介助犬もトレーニングしている。役所の手続きも終わった。すべてが順調に進んでいる気がしていたのですが、当時勤めていた会社がなかなか理解してくれませんでした。

 ある日、介助犬を連れて出勤することを会社に報告しました。そうすると、受け入れ部署から「返事は少し待ってほしい」と言われました。しかし、なかなか返事が来ません。しびれを切らして聞いたところ、どこかで話が止まっているようでした。社内の一部に介助犬の受け入れに否定的な声があったようです。

 介助犬とのトレーニングを進めている中、会社は受け入れについて何も返事をしてくれません。私は焦りました。そのうち、私が困っているという話が社長の耳に届きました。幸い社長は受け入れるべきだと声を大にして社内に周知してくれました。その結果、介助犬の受け入れが正式に決まったのです。

写真会社で働くラッキー君【2022年7月、リコージャパン本社=西澤氏提供】

 しかし事態はそれで収束しませんでした。ある日、上司に呼び出されたのです。話は二つ。一つ目は、私は異動になり、それを拒否できないとのことでした。犬嫌いや、アレルギーの人がいるのが理由だと聞きました。二つ目は、介助犬を持つのは私のわがままで、上司個人としては受け入れに否定的だとのことでした。

「ペンも自分で拾えないのか」

 上司は目の前にペンを落とし、こう言いました。「君はこのペンも自分で拾えないのか。拾えるはずなのに、わざわざ職場に介助犬を連れてくるなんて理解できない」

 悲しかった。私はペンを拾うだけでも身体に負担が掛かります。健常者に比べ努力が必要です。普通の生活を送るだけでも大変な苦労があるのです。異動するまでの間、上司や周囲の社員と気まずい雰囲気になりました。社内で相談できる人は一人もいません。ストレスのせいか、夜も眠れなくなりました。

次世代のため「絶対に辞めない」

 ―退職は考えなかったのか

 考えませんでした。身体に障がいのある人は、一般に考えられているほど社会参加ができていないのです。私の肌感覚ですが、正社員として介助犬を伴い働いている人は全国で数人ほどではないでしょうか。

 そうした現状の中で、もし、私がここで退職をしてしまったら、同じような障がいを持つ人は、どのように考えるでしょうか。社会での活躍をあきらめてしまうかもしれません。それを考えると、どんなに辛くて働きづらい環境であっても退職するわけにはいきませんでした。

介助犬の力は偉大

 ―異動先での仕事は

 素晴らしいものでした。介助犬を受け入れてくれ、素直にうれしかったです。犬好きの人も多く、おかげで私も周囲とコミュニケーションがスムーズに取れ、すぐに馴染めました。同時に「温かく受け入れてもらったからには、この職場に全力で貢献したい」という気持ちが強まり仕事も充実しました。

 私生活も変わりました。介助犬は私を最も理解してくれる存在で、そばにいてくれるだけで生きる活力が湧いてきます。ちょっとしたことでくよくよしていたのが、明るい気持ちで外出できるようになりました。介助犬の力を借りて人の輪の中に入り、積極的に話をし、人生を楽しむ。こうしたことができると、別の何かにチャレンジしようという気持ちになるのです。

 介助犬がいてくれることで、ユーザーである自分自身も大切にできるようになりました。毎日犬に食事をやり、トイレの世話をし、散歩に行きます。これらは自分が健康で規則正しい生活をしなければできません。介助犬が来てから、体調は良くなりました。これらは仕事をする上でも重要だと思います。

 一番うれしかったのは、家族が安心してくれたことです。母は一人暮らしに反対していましたが、今は「介助犬がいるから安心ね」と言ってくれます。私が事故に遭った時、母は取り乱し、仕事もできなくなってしまいました。私のことを「かわいそうだ」と言ってばかりでした。でも、介助犬と楽しい生活を取り戻し、やっと安心させることができた。これまでのすべてが報われた気がしました。介助犬の力は偉大です。

転職、そして「今」

 ―リコージャパンに転職した経緯は

 前職で仕事をやりつくし、さらに大きな会社で自分の力を試したくなりました。リコージャパンはダイバーシティに理解のある会社だと思いました。ダイバーシティが進んでる、規模が大きい、さまざまな仕事ができると考え、2020年1月に転職しました。

写真勤務中の西澤さんとラッキー君【2020年2月、リコージャパン本社=西澤氏提供】

 今では毎日がとても充実しています。私の採用担当者は入社前、社内向けに補助犬法に関するガイダンスや認知活動も積極的にしてくれました。現在、私は人事で障がいを持つ方の採用を担当しています。先日も当時の採用担当者と話していましたが、入社前から内定時、入社後まで実に多くのフォローをして下さっていたのだと感じました。本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

写真ラッキー君の社員証【2021年5月、リコージャパン本社=西澤氏提供】

 ―介助犬は、働く人をどのように助けている

 二つあります。一つ目は、身体的な負担を減らすサポートです。物を落とした時、外出先や職場で何かあった時に助けてくれます。ただし、介助犬は何でもできるわけではありません。介助犬が同伴していても周囲のサポートが必要な場合もあります。ユーザーが困っているようでしたら、是非お声がけ下さい。二つ目は、精神的なサポートです。私は介助犬に出会っていなければ、社会人をやめてしまっていたかもしれません。事故にあい、ふさぎがちだった私は介助犬と出会ったことで外出する自信を取り戻し、再び人の輪に入っていけたのです。

 介助犬のおかげで仕事も前向きに取り組めるようになり、妻と出会うことができました。障がい者の社会参加を応援する活動もしています。このようなポジティブな生き方は介助犬のサポートなくしてありえませんでした。今では、私は車いすの生活になってよかったと思っています。

写真デスクワークする西澤さんと待機するラッキー君【2020年2月、リコージャパン本社=西澤氏提供】

思いやりの風土を醸成

 ―介助犬は働く人や職場にどんな影響を与える

 こちらも二つあります。一つ目は、介助犬がコミュニケーションのきっかけになることです。介助犬と一緒にいると、多くの社員から話しかけてもらう機会が増えます。社内外で多くの人とのつながりができ、それが仕事の広がりにも結びつきます。

 二つ目は、社内に相手を思いやる風土が醸成されることです。介助犬が人をサポートする姿を間近で見ると、社員同士も「目の前の人に何をしてあげたら助かるだろう?」と考えるようになります。これは持続可能な開発目標(SDGs)にも通じる社内実践です。そうした取り組みを、私は当事者として講演やイベントを通して社外に周知する仕事もしています。

20230718_01.pngSDGsイベントで活躍する西澤さんとラッキー君、リコージャパンの皆さん【3月17日=西澤氏提供】

 人はだれでも歳を取れば体が弱くなります。若くても病気になれば一時的に生活に不自由が生じます。私はそのタイミングが少し早かっただけだと解釈しています。そうした人を支援し社会参加を可能にする介助犬は、もっと社会全体で受け入れられるべきではないでしょうか。補助犬の理解が増えれば、もっと多くの人が自分らしく、いきいきと働けるようになるはずです。私は自分の経験を通じて、介助犬にはその力があると信じています。

小川 裕幾

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